sonic&trip-「AKIRAの文学音楽」

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2011年 10月 28日

まだ見ぬ、新しい始まりへ。

昨日、宇宙探査機はやぶさのプロジェクトリーダー、川口淳一郎さんの講演に行った。

僕ははやぶさのドキュメントを見て感動し、それから宇宙のことがもっと好きになった。人間のことがもっと好きになった。
今まではぼんやり考えるのが好きだったけど、リサさんの「ワープする宇宙」とか村山さんの「宇宙は何で作られたのか」とか、ファインマン物理学を読んで、科学は何も数式だけじゃない、思いめぐらすことができれば楽しめるんだということが分かった。

それで昨日は、完成したアルバムの曲を川口さんに聴いてもらいたい、渡したいという想いで講演に行った。
本当に渡せるかは分からないけど手紙を書いて。

川口さんは本当素晴らしい人だった。歌を詠み、漱石やゴッホのことも話し、何より、「誰もやったことのないことに挑むこと、それは誇りなんだ」と話してくれた。誰もやったことのないことってのは失敗続きなんだ。でも誰もやらないことにトライするってことが本当にできる人が世界に何人いるのか。
「やれる自信」を持つこと、っていう言葉を聞いた時に、僕は自分の手の中にある封筒をきっと川口さんに渡せる、って思った。この人なら渡せる、って思った。

それで講演が終わった後、人生初の出待ちをした。

控え室から出てきて廊下を歩く川口さんの一行の中に、もう今しかない、と思って、突っ込んでいった。
突っ込んでみたら、川口さんは僕を真っ正面で受け止めてくれた。僕を真っすぐ見てくれた。川口さんは若い人に本当に夢を持っている、っていうのが分かる瞳だった。
着陸が成功してしまい、頭が真っ白になった。
でも何とか、川口さんとはやぶさの為にこの曲を書いたんですっていうことを伝えて、曲と手紙を渡せた。手に持った封筒を見ながら、おぉ、ありがとう、嬉しいですとお礼を川口さんが言ってくれた。
それは僕が川口さんとはやぶさに一番言いたかったことだ。それで僕は曲を書いたのだ。
もっと沢山言いたいことがあった。でも60点でもいい。僕がやろうとしたことは成功したんだから。

帰り道は夕暮れだった。その空の色をもうこれから先ずっと忘れたくなかった。

音楽の話も講演の中に出てきた。周りは知識人、科学を研究している人たちばかりだ。
僕達の為に話してくれているような気がして胸が熱くなった。

これからの日本は、製造じゃなくて創造をしていかなければいけないと。
音楽は何が売れるか、製造のことばかり考えてる。
新しい音楽を創造すること。これは並大抵のことじゃない。

でも僕はやろうと思った。やれると思った。

だって、僕は「二つの鼓動」と「違う次元での愛の話」を録音して、川口さんに届けたい、渡したい、っていうのは紛れもない、今回のアルバム制作の一大目標だった。
商売になるならないも勿論気にしないと生きていけないけど、僕の心の目標の一番大きなものだった。

もう何だってやれると思った。


「はやぶさ、そうまでして君は。」川口さん執筆
http://hayabusa.jaxa.jp/message/message_001.html
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by sonic-trip | 2011-10-28 09:37
2011年 10月 06日

謝って済む問題じゃないけど。

Martinのギターを先月買った。

高級クラスのアコースティックギター。優しい響きのギターだ。僕がこれからやりたい音楽だ。


どんな曲書いてもどんなアレンジしても、演奏して伝えるとき、聴いてる人の耳に最後伝わるのは楽器の音。

楽器はだから僕自身。

どんな楽器を弾いているかが、アーティストとしての自分の音を決める。

でも自分に合った楽器はそうそう巡り会えるものじゃない。だからこそ巡り会ったとき、絶対手に入れないと後悔する。

だから今回は貯金をはたき、一本ベースと3本ギターを売り、そのギターを手に入れた。
おかげで部屋はいくらかすっきりした。
気づいたら十本越えてたから。
もうこの先弾かないものは誰かに弾いてもらおうと思って。


僕が高校生、大学生だった頃に弾いてたギターを売った。

僕はファーストアルバムの制作途中でリッケンバッカーを買った。
マニアックな話で言うと、シングルコイルでないギターの音がどうしても自分の音楽に必要だった。

それからずっとリッケンバッカーをメインに弾いて、気付いたら高校生、大学生の頃のギターとはあまり触れ合わなくなった。

月を食べた日が生まれたギター。
ノープレイスが生まれたギター。
イエスプリーズが生まれたギター。

みんなにそれぞれ思い出の曲を弾きながら、お別れした。

もう多分持ってても弾かないから。

僕には次の段階の響きを持ったギターがどうしても必要だから。

一本だけ、バイトしてた会社の上司にあげてしまったテレキャスターがある。
メキシコ製で中古で買ったものだ。

軽音楽部の時代に弾いてたものだ。

僕は夏休みの合宿の発表ライブのとき、それを最後叩き壊してしまった。

何人かのグランジとかハードコアが好きな友達や先輩がそれをやっていたし、自分も真似て、演奏の最後に楽器を投げ捨ててしまった。
それで、そのテレキャスターの電気回路は完全に壊れた。

直すとそのギターの値段と同じくらいかかる。最終的にアンプに繋がなくても弾きたいと言う上司に引き取ってもらった。

その時は、ライブ終わった後「壊れてるよ、あーやってしまった」とかいう話をして、軽音楽部のみんなも「だってあんなにぶん投げたらそりゃ壊れるよ」とか笑ってた。

時々その事を考えて今でもずっと落ち込んでる。

楽器は神聖なものだ。
音が出るものはみんな。

ライブの最後に楽器を投げるバンドを見る度に僕は言いたい。

そんなことしたら一生後悔するんだよ。
君は君自身を否定して、聴いてる人を否定して、今日という1日を、その日の音楽を否定してるんだよ。

自分を傷つけたいならそれでいいけど楽器を傷つけるなら、それを弾きたがってる子供にあげてほしい。
音楽をあきらめるのと一緒の行為だと思う。そこまで考えてなくて、やってるのかもしれないけど、それでは、そこまで考えずにやったという、テロリストと一緒だと思う。そこまで考えなくちゃいけないことだと思う。だって本当に一生懸命その楽器を作った人がいるものなんだから。

今でも僕はギターを壊してしまったことを後悔してる。一緒に曲を作ってバンドで音を出してきた、パートナーを壊してしまったことを。

意味もなく、ただ目立ちたくて投げたんだろう。何も考えてなかった。謝って済む問題じゃないけど。


このギターがさ、エフェクターがさ、そういう音にならないんだよとライブ後言い訳してる人には、だったら納得できる楽器持てるまで人前で演奏するのを控えた方がいいように思う。言い訳をするために、ライブしてるなら、もうそれでいいけど。僕はその人のライブを一度友達付き合いで見に行くかもしれないけど、多分二度は行かない。そうじゃないなら、その楽器で何とか納得するように頑張らなくちゃいけない。


まぁとにかく楽器を大切にするよ。

それが自分の音楽を大切にする初めの一歩だって本当に思うよ。
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by sonic-trip | 2011-10-06 14:48