sonic&trip-「AKIRAの文学音楽」

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2010年 10月 15日

「All Days Are Nights.」

10月5日にルーファスウェインライトのライブに行った。
今年一番楽しみにしてたライブ。

アルバム「All Days Are Nights.」はピアノの弾き語りアルバムなのだけど今までのルーファスのアルバムの中でも史上最高のものだ。彼の母が今年亡くなって、彼の妹には子供が産まれた。彼はその自分の周りに起こった全ての為にこのアルバムを作ったそうだ。

僕の中で、世界中のピアノ弾き語りアルバムの中で一番好きなアルバム。
絶対に2010年ナンバーワンアルバムなので、是非このブログを読みに来るような人には買って聴いてもらいたい。

日本で彼をあまり宣伝しない、大っっっ変、残念な音楽業界に代わって。

みんな、Rufus Wainwrightを聴いてくれ!!


ではライブの話。

彼のライブは、本人からの要望で、彼がステージに入ってから消えていくまで、拍手、歓声を遠慮してほしい、それも含めて演出だからとのことだった。

僕の隣に座っていたお兄さんが「君もルーファス好きなんだね、ルーファス好きな人と飲みたいんですよ」と言って、シャンパンをくれた。お兄さんとルーファスについて話し合った。僕よりも流れてる血がずっと熱い、情熱的でロマンチックな人だった。
もうそろそろかなぁ、いよいよだなぁと話してると、ふぅっと会場が静かに暗くなって、僕の待ってた夜がやってくる。

ステージにはピアノが一台、置いてある。
会場中が息を呑んで、何かが起こるのを待っている。

暗いステージの上に光が差し込む。
そうやって、ピアノに向かって、ドアが開く。
長い扉。
そこに彼の影がやってくる。

彼はゆっくり、それはもう本当にゆっくり、ステージに向かって入ってくる。

ピアノに影が伸びていく。
僕にはそれが、誰も入ることのできない、鍵のかかった部屋に入ってきた、彼の亡霊のように思えた。
彼の着ている、黒く光沢のあるビロードのドレスは、長く彼の背後の光の上に伸びていく。
そして影はピアノの前にそっと座る。
ピアノと影は、一体になる。そしてピアノが長年ずっと待っていた音楽が遂に流れ始める。


曲の間にも勿論、拍手はない。そうやって美しい音楽が、会場中に満ちていった。

後ろのスクリーンにはずっと瞳が映っていた。

最後の曲で、その瞳から静かな涙が流れていった。僕の胸の中にも静かな涙が流れた。

長い全音符のコードが響いた。それは胸の奥の方まで響いてくる、鐘の音のようだった。深い悲しみを癒やす、どこまでも深い鐘の音だった。


子供の頃、よく夜中に父さんが僕の部屋に静かに入ってきたことを思い出した。仕事帰りの父さんはずっとベッドの端に座って、僕が眠るのを見てた。
僕は眠ったふりをしたり、今ちょうど起きたふりをしたり、…多分本当に眠ってしまっていたこともあったんだろう。


僕は時々眠れない夜にずっとドアを見つめていることがある。
もう僕の部屋に夜中に入ってくる人はいない。
父さんとももう会えない。
時々、顔がうまく思い浮かんでこないときもある。

ドアを見つめていると時々、ドアが開くような気がする。それはすぐに過ぎていってしまう、小さな予感だ。僕の胸の中にそんな予感が小さな波となって、寄せては消えていく。

光の向こうへ消えていく亡霊の姿を見守りながら、きっとどこか遠い部屋で、僕は父さんと一緒にまだ寝ている。そんな気持ちがした夜だった。
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by sonic-trip | 2010-10-15 00:18
2010年 10月 10日

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今日はやっと「So-far」の歌詞が書けた。長いトンネルやっと抜けた。

試行錯誤して何バージョンもあるけれど、多分これでうまくいくような気がするから早くデモを作り直してバンドで音が出したい。

でもこの夏を最後に翔と大樹とバンドをやらなくなったので今はメンバーを探し中。年末までにはアルバム制作本番に取りかかりたいと思ってる。

でも時間ができて気づいたらアルバムに向けての歌詞、アレンジ共に仕上がってる曲が20曲くらいに増えてる。

これを絞り込むのは悩む。8曲くらいのアルバムを作りたい。僕は多分、自分の全てをつぎ込むには、そしてそれを聴いてくれる人が集中して何度も聴くには8曲くらいが限界のように思ってる。
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by sonic-trip | 2010-10-10 20:36
2010年 10月 02日

秋服。ミスターフリーズの野望。

10月になった。
そろそろ、色んな服が着られる季節。

今から11月くらいまでが一番、服着るのが楽しいとき。
真冬になるとね。もう何着ようかとか選択肢がない。

時々思うけどやっぱり、服をどんな風に着るか、って大事だなと思う。
それは自分でなく、人を見てそう思う。
似合った服着てる人はそれだけで素敵だし。

あと服をコーディネートするって案外、全ての事に通じてると思う。
頭の中にある一つのスタイルを作り上げるのは、色んな事に気がつけなければ、そう簡単にうまくいかない。だから服をコーディネートできないってことは、歌詞と歌の雰囲気に合わせて、楽器のフレーズをアレンジできない事とか料理がおいしくできない事に似てるかも。難しい。できるようになったと思っても、次うまくいくかは分からない。

僕は服については、どうでも良くなっちゃうときも激しくある。地元のブックオフに本探しに行くときとかね。完全にオフになってるよね…。

「服屋に行く服がない。」っていう誰かの名言をふと思い出す。
「傘がない」より悲しい、断然。

でも服屋行っても全然欲しいものないし。背伸びして店に行っても、店員さんに気を使うというか、軽い引け目を感じるし。音楽、ドンツクドンツクいってるし。かといって時々ジョイデヴィジョンとかマイブラとか流れてたりするし。

試着の時だって、どんな顔してたらいいのかね…。
どう考えても試着室で、自分だけで見て、購入を決断するのが一番良いのだけど。
店員さんの前に出る感じの流れになると、鏡直視できないでしょ、他人の前で。「ナルシストだと思われてないかな〜…。」ってもう被害妄想でいっぱいになってしまうよ。誉められても反応できないし、明らかに似合ってないのに勧められても、それはもうコミューニケーションブレイクダウンだし。(←レッツクリック♬)
ギクシャクどぎまぎ、被害妄想。まさに、パラノイドアンドロイド

色とかサイズが良くても、縫い目が下品だったり。変なジッパーやポケットついてたり…。
自分の理想はなかなか巡り会わない。

それにあの、服の価格書いてるカードが微妙に見づらいじゃない。ジャケット、シャツ、コートetc。(第三ボタンの裏にくくりついていたりしてね。非常に見づらい。)
そして時々値札、どこにあるのかさえ分からない。見つかったと思ったら、「商品の素材がいかに優れてるか」しか書いてないダミー値札だったりとかさ…。プレミアムコットンて、、、。ぬおーってなるよ。ぬおーって。

そんな風に見つからないと、何故か焦る。服に触れてるタイムが気になる。サッと探すのをあきらめて、何もなかったかのように次に移る。
というか値段を調べてる自分を妙に隠したくなる、この心理。盗み見感。

店員さんに見つかって声をかけられてしまった時のあの絶望…。
あれは一体なんだろうね。よくよく考えると値段分からないと、買い物できるわけないよね。
電気屋さんばりに、思いっきり値段書いてくれるからユニクロとか無印はやっぱ安心する。。。
でもそれじゃ雰囲気出ないんでしょうね。

ファッション雑誌よりは、映画の中の人の服装に憧れる。
今思いつくのは、「TAXI」のロバート・デニーロ、「ティファニーで朝食を」かなんかに出てるオードリー・ヘプバーンのトレンチコートとか、憧れる。

でもオードリーみたいにトレンチを着たいなんて、言ってもみなさい。みんな、完全に凍りますよ。
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by sonic-trip | 2010-10-02 00:00